0章 はじめに:「かおたんラーメンのブレないスープ」と「黎明期のKLC」の歴史的アナロジー
この記事は、ART(体外受精)クリニックの新旧陣営の「国取り合戦」の話の深堀りです。
目次をみてもらえばわかるが・・長い記事になっているでも新書からみると短い。
論点も複数はいっている。
この0章の最後にSummaryを書いておいたので、
読み進めるか?目次で論点を探すか?判断するといいと思います。
ART医療にマーケティング情報戦が入ってきて久しいですが、
最近は加速しているようだと患者さんからよく聞くようになった。
今まで(10年くらい前)のARTクリニックの患者さん集めはそこまで露骨に情報戦は繰り広げられていなかったです。
どこのクリニックも表面的な技術のコモディティ化が進んでいるので、
新規でのクリニックOPENの差別化が、以前より難しくなっている。
私はこのART業界で黎明期の終わりから・・四半世紀をみてきた内部の人間なので、
特に『都内のARTクリニックの勢力分布図の推移』は知っているつもりです。
これから体外受精のクリニックを探そうと思っている方、
転院しようとおもっている方、
あるいはクリニックは卒業したけど・・今のリアルな勢力分布図に興味がある方、
そんな方に向けて記事を書きます。
きっかけは、うちのClientさんOBたちとオフ会(昼)で、南青山ではあるが青山墓地の南・・
西麻布の上の伝説のラーメン屋オフ会での会話です。
「かおたんラーメンえんとう屋 南青山店」という掘っ立て小屋でラーメンをすすりながら始まった会話。
1985年オープンの屋根からいくつもの煙突(えんとつ)が突き出て!いるのが特徴で、
中国福建省などの高級スープのベースを意味する 「高湯(ガオタン)」の響きと合わせ、レトロなシンボルのお店。
1980年代後半のバブル期から、西麻布や六本木の深夜の街を行き来する人々のお腹を満たす「深夜のシメの店」
として大ブレイクしましたが今も健在。
ご料金も”インバウンド金額”ではなく、1年前のインバウンド客にも依存しなかった。

![かおたんラーメン
営業時間:[月~木]11:30~翌5:00 [金・土]11:30~翌6:00](https://mineva-strategy.tokyo/wp-content/uploads/2026/10/かおたんラーメン-300x300.webp)
営業時間:[月~木]11:30~翌5:00 [金・土]11:30~翌6:00
あの伝説のスープの味も全くブレなかった。かおたんラーメンエントツ屋 @南青山
澄んだ黄金色の鶏ガラ・豚骨ベースのスープに、独特な香ばしさを加える「揚げネギ(揚げオニオン)」が
浮いているのが最大の特徴。
それは、構造が体外受精の黎明期の景色と似ているのです。
加藤レディース(KLC)は、それまでの高刺激を回避して1990年(平成2年)の石川県小松市で開設した専門クリニックから
一気に東京の攻め上がってきました。それは1993年(平成5年)・・まだ私が培養士になる少し前でした。
わたしがいた病院も、1990年代初頭から、排卵誘発剤を大量に使ってOHSS(卵巣過剰刺激症候群)のリスクと戦っていた
高刺激全盛の時代でした。胚盤胞すら育てあげるのに苦労に苦労を重ねていた時代。
そんな時、KLCがそれとは真逆の大看板を出してきた。
薬を極力使わない「自然周期・低刺激周期」の体外受精を中心に胚盤胞まで育て上げるのは本当にびっくりしました。
体に優しい不妊治療のパイオニアとして広く知られていたKLC。
創設者の修先生のカリスマも凄かったけど、インパクトがあったのは、初代副院長の寺元章吉先生でした。
寺元先生は今も現役で・・日本橋のNACの理事長をされている。
今も昔も・・E2値のアップダウンを釣り竿の先にあるウキのように鬼の如く観察する先生だ。
まるで、魚釣りでも一番難しいと言われる「ヘラブナ釣り」でウキの微弱な変化も見失うことなく、
超高級な竹竿で、警戒心の強いヘラブナの口に、ピッっと釣り針を合わせてゆくようなART医療の職人でした。
まさにKLCの大看板のDr.でした。
ボスの修先生と竹竿をもってアウェイな東京に殴りこんできたKLCの異端さと勇気はすごかった。
かおたんラーメンの「ブレないスープ」と、KLCの「揺るぎない自然周期の思想」に似ているんです。
どんなに時代が変わっても・・。
つい10年ちょい前までは、患者さんたちからも「最後の砦」と呼ばれ、そしてそこからKLCは分化していきました。
新橋の夢系(NAC系やその他へ)や新宿アートや慶愛クリニックなど色々に分かれていきました。
特に慶愛クリニックの現院長 竹原祐志先生も その次の副院長でした。
KLC時代の診察室から先生と患者さんの笑い声が聞こえてくるのは、異形だけど楽しかったと当時の私の患者さん達はいう。
KLCの葬式のような待合室と他の先生の診察室ではありえなかった。
竹原先生は、KLCから独立する時も潔かった。
KLCの看板をもらうことなく捨て去り、池袋の北口のダウンタウンみたいな雑居ビルに最初はオープンしました。
北口の周りは風俗街の怖い街だのに・・・元KLCの先生の患者たちが押し寄せてくるのです。
ちょっと派手な恰好した患者さんだったらその街で働いているその道のプロの女性に見えてしまいます。
つまり、ARTの本質は場所で患者は来るのではない時代でした。
こう書いていると私がKLCの推し活みたいなスピーカーに思う人もいるかも知れませんが、違います。
ARTの時代背景を一時情報として語っているだけです。
でも、KLCの総本山(本拠地)は新宿西口でもARTクリニックの乱立があり、その均衡バランスに変化が出てきた。
新宿西口の「国盗り合戦」は、他のクリニックとの差別化と情報戦です。
今、新宿西口で何が起こっているのか?
今回のOB会で出ててきた体外受精体験者たちのリアルな生の声も書いてあります。
またわかりやすく・・それぞれのクリニックの戦略分析をしてみました。
それをリアルに書きますね。
新宿西口の4強_ARTクリニック
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(ウエストゲート新宿ビル.jpg)
KLC

新宿

新宿西口院 NEW
【Summary】
南青山のラーメン屋から始まった、卒業生OB会。
転院を散々してきたベテラン患者勢だからツッコミまくるクリニック評価
話題は新宿西口で患者を奪い合うARTクリニックの「国盗り合戦」へ。
四強の陣形と、ARTクリニックの「患者さまファースト」に対する文化の違いを
本場アメリカのファスト・フード店の出店戦略と日本のARTクリニックの出店戦略を比較。
にしたんARTのHPに並ぶSDMの文字を、OBたちは読み飛ばしていた。患者から仕掛ける本物のSDMとは何か―
本物のSDMをやろうとすると、現場が回らなくなるほど難しい。だから編集されたSDMが出てくる。
アメリカ人でも苦労する本場(USA)のサブウェイの注文FlowでSDMを疑似体験してほしい。
サンドイッチを注文する客と、あの超複雑なオーダーをうけるSTAFFが
なぜ本国で「サンドイッチ・アーティスト」と呼ばれて求人広告に出るのか?伝えよう。


サブウェイの注文の構造を知らないと注文できない
アメリカでもサブウェイの注文の仕方が複雑で
YOUTUBE動画がたくさん見られている。
この記事の主な論点は、複数あるので事前に書いておく。
- ART業界の歴史と勢力変遷
- 新興クリニックのマーケティング
- クリニックごとの戦略や文化の違い
- 患者の口コミや検索行動
- SDMの概念と臨床現場の制約
- サブウェイによる意思決定の比喩
- 医療資源のポートフォリオ
#SDM(共同意思決定)と編集されたSDMの違い #患者さんがつい飛びついてしまうもの
#ART医療のファストフード化 #ART医療の高度なコモディティ化
【免責および執筆意図】
本記事は、特定の医療機関の個別具体的な診療方針の違いや経営方針の優越を告発・批判することを目的としたものではありません。
近年の生殖補助医療(ART)におけるマーケティング手法、および Shared Decision Making(SDM:共同意思決定)の概念が臨床現場でどのように受容・解釈されているかという「医療経営論および患者コミュニケーション上の構造的課題」について、一医療者・研究者の視点から考察を加えたものです。
掲載している情報は公知の情報および一般的な臨床上の知見に基づくものであり、特定の医療機関の信用を意図的に貶める意図はありません。
マーケティングの観点から伝えたいことがあるので、
”エンターテイメントのART記事”として読んでもらえば幸いです。
第1章:「にしたんは、やばい?」――マーケティング空間と臨床現場の断層
ラーメン屋で食べてから、品川駅のドトールでお茶会をする間もずっとバスの中で皆(OB女子たち)と話していました。
バスが産科のある「広尾日赤」のそばを通りすぎながら・・小声で話していたつもりだったけど、
皆テンションがあがってきてしまい、前の席に座っていた「港区女子のおばさん」が席を移動したくらいなので、
私たちの会話は、小声ではなかったのかも知れません。 すぐに会話をやめました。
OB女子たちは、都内の有名クリニック(低刺激系、自然周期系、刺激系、オーソドックス系)をそれぞれが転院してきた経歴があるので
そうしたARTクリニックの話題や、どの先生がどこのクリニックに引き抜かれたとかそうしたART政治の話題が
好きなのである。
バスの中が「会社の給湯室での会話」になってしまったから、他の乗客に迷惑になるからバスを降りてから話そうとなった。
そして、品川駅もARTクリニックは多い。名古屋や仙台等から東京攻めに入ってきたARTクリニックがゴロゴロいる。
浅田レディース品川CLINIC、京野アートクリニック高輪、にしたんART品川院もある。
他業種からの参入組の看板がたくさん立っている。
私たちは、夕暮れのビルのキラキラと輝くそれらのARTクリニックの看板を見ながら・・ドトールに向かった。
その話題は当然ARTクリニックの乱立の話になる。西新宿も品川も銀座・新橋も・・ARTの武将たちの主戦場になっていた。
彼女達は・・クリニックの患者視点からも、クリニック側(consultantからみた開業戦略)からもWの視点2軸でみれる患者さんたちだ。
自分が好きな服と自分に似合う服が違うように、このART治療もHPや口コミ(サクラ含む)だけでは絶対に騙されなくなってしまったベテラン患者たちだ。
服に袖を通してみて、ウエストがぴったりだけど二の腕が通らない服(=ARTクリニックのアナロジー)を
たくさん買って試してきたOB女子たち。もっとも、ART患者としてビギナーだった頃は・・ショーウィンドの中をみて
このCLINICはSNSをみてよさそう?職場からも近いしとそんな動機だけでCLINIC選びを決めてきた人たちだった。
それが・・彼女らは戦国の世ならば家柄のいい美少年の小姓だった頃の面構えが、自然と戦慣れをしていっぱしの「モノノフ」の面構えになっていたようだ。
それはなぜか?転院を繰り返してきたから、自然周期クリニックは、もちろん他の刺激Clinicその他を一通り経験してきてる。
合わない服をくさるほど、買ってきたからだ。体験的に知っているので・・そしてどんなClinicでもメリットとデメリットは
あるから自分にとってよかったClinicが他の人に推すということはしないとも言っている。
現実的な判断だと思う。
SNSの(-)書き込み「やばい」を自分で検索ワードにしてしまうタフなクリニック
だれかがこう口火を切った。
生殖補助医療(ART)の現場において、「にしたんARTクリニックはやばいと聞きました」あるいは「美容系クリニックも不妊治療業界に参入してしてくるのは本質が自由診療で似ているからかなぁ」とか言い出した。ITやSNSに強くならざるをなくなった彼女たちの会話内容は
自由に広がってゆく。収束するまでは自由に拡散するのが女子会の常だ。
気になるクリニックのSNSの検索をAIモードで拾う。上位にあがってくるのは、ネットで調べている患者さんの検索ワードで多いものが
出てくるから・・どんな評判なんだろう?と既に卒業した第三者の目でスマホの指を動かし、パンパンと超高速スクロールをする。
自分たちはもう当事者じゃないから、娯楽になっている(笑)
昔の自分(クリニックの見方を全く何もしらなかった女子)であったことはすっかり忘れている。
興味深いことに、SNSで「にしたんARTクリニックはやばい」検索Keywordで出てくる当のクリニック側の公式Webサイトやコラム内でも「なぜ『やばい』と検索されてしまうのか?」というネット上の検索ワードを自ら取り上げ、「夜22時まで診療していてやばい」「内装がホテルのように上質でやばい」といった形で、自らの利便性やブランディングへポジティブに転換するマーケティング手法を展開していた。
母体がモバイル通信事業・飲食店運営事業・メディカル支援事業などやっているマーケティング、ブランディング、オペレーション構築などの運営支援している日本の会社や、美容医療でうまくいった医療法人たちは、ART医療業界にドンドン進出しているのが今の時代の流れだ。 それはにしたんARTクリニックだけはない、他にもたくさんある。
美容医療領域で培われた集客ノウハウ(SEO、タレント起用、洗練された導線設計)をART領域へそのまま移植したこの戦略は、実に本当に見事であり、多忙な現代人にとって通院の心理的・物理的ハードルを大きく下げた功績自体は否定できないと思う。
※ 私は患者さんSide視点から他業種のARTCLINICへの参入を全否定はしていないです。
クリニックを選ぶ時の基準も、その人の人生ステージと価値観次第でそれぞれの選択があるのが当然だ。
「最終の予約時間は何時なの?」「会社からクリニックまでDOOR TO DOORでどのくらいかかる?」
「大学病院の体外の診察室みたく、設備が古くない? 」
「不妊治療科が・・産科のとなりの奥の部屋に申し訳なさそうにポツンと一軒家みたいになってない?」
これは仕事を続けながら時間をやり繰りし、時には連日で通院しなければいけない時もある患者Sideの「生活スキーム」は、
クリニックSideの既存の(当たり前になっている)「治療スキーム」とうまく折り合いをつけないと患者たちは、
そもそも通えない。
さらに細かいことをいうと・・高齢になるとトリガーを引いて明後日採卵では間に合わず、翌日採卵がベストというフェーズも正直ある。
勘違いして欲しくはないが、土日も毎日営業しているクリニックがそうしたカスタム採卵をしているとは思わないことだ。
教科書どおりに採卵日が決まらない高齢の反復不成功の患者にはこっそりやっているクリニックもある。
それはネットにはけして出てこない。それを言ったら「それが当たり前だ」と思う患者が出てくるからだ。
しかし、大抵のクリニックは排卵抑制を過度にいれて排卵しないように「あさっての朝の採卵」までひっぱるのが多い。
場合によってはトリガーをいれてから翌日の夕方採卵がベストな難治性の患者も少なからずはいるのだ。
そういうは、先生の匙加減1つ。イレギュラー採卵を引き出せるか否かは、患者と医師だけでなく様々な要因が
絡み合うので定番にはなりえない。
明後日採卵という定番でも、主治医は「昨日採れば間に合っていたかも知れないね・・」なんて絶対に言わない。
また、トリガー翌日採卵もこっそりとしてくれるフレキシブルな院がベストかというとそうでもない。
週に2日休みがあるクリニックなどは、事前に卵胞の動きを察知できる・・そうでないとベストな採卵に間に合わないから
自然とそうした経験値がついてしまうのだ。予測する能力だ。
それはたくさんの屍の上を歩いてきたから身につく能力だろう。
編集されたSDMとはなんぞや――患者は「おまけ」として読み飛ばしていた
しかし、第一線で生殖医療に向き合ってきた専門医や培養士、あるいは自らの人生を賭けて治療に挑む熟慮深い患者たちがそのWebサイトを精査した際、より根深い違和感を覚えるのは、そうした表面的なキャッチコピーではなく、各院の特徴として編集されて掲げられている「SDM(Shared Decision Making:共同意思決定)」という医療概念の扱われ方である。
にしたんARTクリニックでは、医療現場におけるSDM(Shared Decision Making:共有意思決定 / 共同意思決定)を、
「患者さまファースト」の理念に基づいた治療方針の決定プロセスとして表現している。
その日、ある患者さんOBがこういった。
「少し前までは・・当院は一人ひとりに合わせたオーダーメイドを唱えば、他院との差別化はできたけど、最近はICをさらに深くしたSDM(=共同意思決定)という言葉で差別化しているクリニックもあるわね」と
ドトールのテーブル上で高速スクロールでスマホ画面をみせてくれた。
まずSDMという言葉を知らない人もいるだろうから定義を書く。
生殖医療におけるSDMとは?
本来、医学的エビデンス(客観的妥当性)と患者個人の価値観(人生観、キャリア設計、経済的状況、倫理観、そして治療の撤退時期)を、医師と患者が対話を通して丁寧にすり合わせ、共に納得のいく最適な治療戦略を構築していく重厚な臨床プロセスを指す。
今までのIC(=インフォームドコンセント)と何が違うのか?ICは実質的には現場ではどう取り扱われいるのか?をしらないといけない。
一言で言えば、ICは「医師が患者に説明をして、同意をもらうこと。」です。
一方 SDMは そうした一方通行でなくて双方的であり、医師と患者がそれぞれの事情を出し合って、一緒に決める」です。
こう書くと・・SDM>ICと思うだろうが 簡単にはいかない。ガチなSDMをやろうとすると物凄い障害物が出てくる。
医師側も患者側もそうだ。双方の情報(医療情報と都合情報)のギャップが大きいから、短い時間でツーカーでわかりあえる
のは実質難しい。
もっと具体的にいうと・・
| IC(インフォームドコンセント) | ガチなSDM(共同意思決定) | |
| 情報の流れは? | 一方通行(医師 → 患者) | 双方通行( 医師 ⇔ 患者) |
| 決める人は? | 実質的には医師。患者は理解して同意するだけ | 理想は・・医師と患者が一緒に決める でも 理想論で終わるのが多い |
| ゴールは? | 同意書へのサイン | 双方の都合をすり合わせて 医師と患者が納得して治療計画を |
| 選択肢に入るものは? | 医師が勧める治療。 (患者の要望は一応聞く) | 「今周期は休む」「今周期は・・ 成績が悪そうだからやめる」も含む |
そのために実際の現場で行われるのは医師から患者へ「選択肢の紙を渡して選ばせる」という形だけになりがちだ。
それは、ICでもSDMでない。 私はそれを『編集されたSDM』と定義している。
しかしながら、ガチなSDMを有言実行をいうのではなく、「うちはSDM風をやっています」と実際のWebサイト上での記述は極めて簡略化された概念説明にとどまり、TOP画面の上位の位置にガチなSDMを置くのではなく、HPのコンテンツの奥深くにしれっと配置されているに過ぎない。これは・・現場のことを考えると現実的な表現だと私は肯定的に見ている。
私は、その患者さんOBに聞いてみた。
「SDMって、そのクリニックを選ぶ時の決定打になりますか?◯◯さんは?」と聞いたみた。
すると、「私はそれはサラっと読み飛ばしたし、おまけ程度に書いてあるからオーダーメイド治療というのと同じでしょ?」との返事だった。
他のOBに尋ねてみても、こんな意見をもっているようだ。
「あたしも、SDMの文章なんて・・さらっと読み飛ばした」
「SDMと言われても、従来のインフォームド・コンセント(IC)やただの同意書へのサインと同じ手続きでしょ?」
「双方で決めるいうは実際は理想論だし、現実と理想は違うから、
ふわっとした表現でいいんじゃない。そもそもSDMを患者は体験したことがないのだから。」
「実際に今周期は、成績が悪そうだから降りた方がいいとか?言われないでしょう? 患者が自分から言わない限り、その判断も難しいから、そこで先生に言葉を選んで打診する手間がいる。そんなの面倒だと思う人もいるでしょう?」
つまり、都合よくSDMがクリニック側(患者集客の訴求点)で本来の意味から編集をされてしまっているのである。
だから私はそれを『編集されたSDM』と話したのだ。編集とは意図的に都合がいいように文脈に乗せることができる。
TVの報道番組や政治NEWS報道がいい例だ。それぞれのメディアが切り貼りをして都合良く報道している。
だから今の時代は、SNSで裏取りをするようになったし、政府広報や国会発言者がメディアに編集される前に・・
「一時情報」として発信してしまうのが常になった。 それを判断する側に委ねるのが普通になった。
メディアは、自分たちが世論をつくって、国民に教えてあげているという特殊権益が薄らいでいるけど。
実際、SDMという言葉も、知識として医療従事者は知ってはいるが、一般の患者さんにはあまり知られていない。
そして、医療側もガチで一人一人の患者さんに本物のSDMをかけていくと時間が足りなくてクリニックのオペレーションが回らないのが現状なのである。
SDMは医療側から患者に一方的に与えられるものではなく、
患者側からも医療側へそのSDMを引き出すようなActionが必要なのだ。
太いたて糸とよこ糸でしっかりとした布の生地を組んでいくように。その布が患者のセーフティーネット(網)になる。
患者さんがお金だけ流れて漏れていかないようにするための、
手間はかかるけど、患者側から仕掛けてゆくのが、「文字通りのセイフティーな安全ネット」が本来の意味だ。
「選べる余白がある」というのが、「自由」の意味だと思ってる。
自由を得るというは、簡単なことではないのだ。また 自由というが不安になる患者もいる。決めれる方が楽だからだ。
難解なアメリカのサブウェイの注文から、 SDMがどれほど大変か学ぶ 【疑似体験】
アメリカ・サブウェイでのオーダーの仕方は、アメリカ人でも苦手な人は多い。
この日本のサンドイッチの「サブウェイ」が嫌い人もいるも納得だ。本場に行ったら怒ってしまうかもしれない。
サンドイッチは冷たいからとかでなくて、トッピングを自分で選ぶのが面倒くさいという人たち。
それなら何パターンかのセットを作ってくれという出来ない注文を言い出す。
STAFFは、「じゃあ コンビニに行けよ。ここの文化が嫌いなら・・」と心で思ってそこは客商売だ。
これは日本のART患者と似ている。
本場の アメリカのサンドイッチ「サブウェイ」の注文から、 そのSDMを疑似体験してもらうといい。
提供する側(=医師)と 注文する側(=患者)の意思疎通と意思決定がどれほど大変かわかるだろう。
注文する方も「お前が適当に作ってくれ」とお客がでてくるものわかるだろう。
全部をお客と説明して話しながらサンドイッチを作る面倒くさいSTAFFと、お客の意図を組んであげる
STAFFもそれぞれいる。トロイと後ろに行列が出来てしまうからだ。
だからアメリカではSTAFFは、「サンドイッチ アーティスト」という名前で求人が出る。

「シックス・インチじゃなくて、フットロングを下さい。」とか2つのうちから選ぶ

まず・・引くのは19種類くらいの中から選ばなければいけない。
BLT(ベーコン・レタス・トマト)だけならば選ぶのが楽だけど、アメリカだとまず定番を
知らないと話にならない。本物がアメリカ・サブウェイを楽しむこともできない。
「BMT(サラミとペペロ二と豚ハムが入ったボリューミーなサンド)を下さい。」
たとえば5種類のパンから選ぶとすると・・
「9-Grain Honey Oat」を下さい。
生地に小麦麦芽を混ぜたパン。
オーソドックなのは アメリカン(ナチュラル・チーズ)、モントレーチェダー
コレ以外にあるのか?聞くお客さんもいる。
YES/ NOだけじゃない。「トーストする前に何か他にのせますか?」と聞かれる時もある。
だから野菜や他の具もパンと一緒に温めたい人はここでリクエストして・・30秒くらい待つ。
種類が少ないお店で10種類

まず自分の好みと・・
最終的に完成するサンドイッチの全体像が
お客側の頭の中にないと・・何もできない!
サンドイッチの中にいれるソースを7つくらいから選ぶ
チョイスに失敗すると・・頭で描いていた自分のサンドイッチの全体像が
たった1つのソースで全滅する。

これらはサンドとセットだ買わなきゃいけないわけではにので、
欲しくないときは「NO Thank you」を言う。
以上です。
どうでしょう?サンドイッチ注文SDMの疑似体験できましたか?
SDM・・売り手も買い手もお互いの完成品のサンドイッチがイメージできてないと
注文がながくなり 後ろに行列ができるか?それとも どちらかが切れてしまうのか?わかると思います。
なぜ?本土USAでは、求人広告で「サンドイッチ・アーティスト」として呼ばれるか?の答ですが・・
そのSTAFFが注文カウンターで、後ろに行列を作らせないだけでは駄目です。
お客様に満足を与えなければ、商売としては失格だからだ。
サンドイッチ・アーティストは、お客様の全体図が見える能力をもっている人だと思う。
1)お客さまの注文のコアなニーズを感知する能力がいる。
2)お客様をスムーズに注文ラインに乗せるわかりやすい、そして感じのいい話術がいる。
3)あの難しい注文を自分で決めたとお客さまに思ってもらう「したたかさ」もいる。
それが上手くいったか?どうか?は簡単だ。 サブウェイでもリピーターでなってくれれば正解だ。
本場のアメリカ人でもサブウェイの注文仕方がわからないから、そのYOUTUBE動画をみるように
ドン引きするあの複雑な注文方法は、お客様をファネルにかけて選んでいるのかもしれない。
サブウェイのこのサンドイッチを是非食べたいというこだわりを持ち、それを言葉で注文できるような
「自分の食べたいサンドイッチの全体像」少し描けるお客だけがほしいのかも知れないね。
良いサンドイッチは、お客様と店側と注文を受ける「サンドイッチ・アーティスト」の3人で
ようやく完成させることができる食べ物なのだろう。
日本人でそれがOKという女子がいたら、最高にイケている方だろう。
お客様も全体像が見れる「サンドイッチ・アーティスト」でないとインタラクティブな注文作業は
成立し得ない。
体外とサンドイッチのガチな注文を例に出しました。
サンドイッチ・アーティストの条件は、医師も同じではないでしょうか?相手を読む人間力の差。
「医師も同じで、患者の完成図を読める医師と読めない医師がいる」
サブウェイの求人で落ちる医者もかなりいると思う。あの短い診察時間で組み立てるのだからね。
長々と話を聞いていたら、待合室に行列ができる。看護師はブチ切れる。クリニックのオーナーもブチ切れる。
「回せてないから、売上が落ちてる」と起こるだろう。 SDMっては医療現場を乱すから
SDMを回せる医師のマンパワーがいる。そして、患者も、全体を読んで注文をいれられるマンパワーがいる。
SDMは陣図だ―お金と時間のポートフォリオを主治医と組めば、治療はギャンブルにはならない。
でも 実際の医療現場ではその本来のガチなSDMは簡単にはできないのが現状だ。
SDMは心理カウンセリングとはまるで違うものだ。
私は、患者さんがその周期でのお金と時間のかけかたのポートフォリオ(投資の組み合わせ)でありそれを主治医と相談する陣図みたいなものだと思っている。それはプラスサム・ゲームでなければならない。
投資というと気を悪くする人もいるからもしれない。
医療は投資ではないと反論もあるだろう。
でも浮いた分は別の周期に回すから本物のSDMというのは、誰の損が誰かの得になる『ゼロサムゲーム』にはならない。
医師Sideも患者Sideも参加者が利益・便益を得られる『プラスサムゲーム』になると思う。
特に高齢の反復不成功な患者さんたちは、あきらめない限り失敗はないという自分が納得して進める「実験的シュミレーション」に近いから、ここのポートフォリオでベッドして大ゴケするのを避けることができる。

双方の努力でプラスサムゲームにするのがPOINTだ。当然!投資なので「おまかせ」をする人はWINNERにはなれない。
すると負けが続いた人は、「体外はギャンブルと同じだ」という人もいるだろう。
ちなみに博打(ギャンブル)は、マイナスサムゲームと呼ばれる。胴元がすべて儲かる仕組みだ。クリニックは胴元でない。
主治医の方も流れ作業的な「こっちの治療とこっちの治療はどちらがいいですか?」と患者さんに丸投げすることをできないだろう。
短期型の投資(FXや短期のデリバティブのような)ではなくて、中長期の投資は資産運用(=ポートフォリオ)の適性化のようなものだ。
どちらの場合も、ARTのその周期において「卵を1つのカゴに盛る」危険性を無視して、全額Bet(=ベット)する人はいないのはいうまでもない。もう投資の継続が不可能になるからだ。
制約条件(=時間と治療費と生活費)に狭まってくると精神的なゆとりの損失になっていくのは
若い人でもベテラン患者でも同じだ。
そして誰かの資産運用を全部まかしてしまうのが一番楽だが、コケたらどうする?立ち止まって
一呼吸を置くこと・・これが勢いで自分自身の治療を進めてしまうリスクヘッジになる。
第2章:2つの対立軸――「マーケティング主導型医療」と「個別化と職人技を深掘りするART医療」
まず 東京の新宿西口では ARTクリニック達の国盗り合戦がはじまっている。
クリニック達が・・それぞれの信条の旗印の下に、自分たちの正義をぶつけ合う2026.秋。

この絵の説明は詳しくは、第3章 新宿西口「国盗り合戦」のリアル――東西南北の陣形図とビジネス戦略で書く。
その前に2つの対立軸をわかっていないと、何が新宿西口で起こっているのか本当の意味でわからないだろう。
なぜ、長年現場で治療を行ってきたベテランの生殖医療医たちは、
こうした新興大手チェーンや異業種資本の参入に対して、生理的とも言える人によっては拒絶反応を示すのか?
それは単なる同業者間の嫉妬や、既得権益を守ろうとする老害的抵抗などではないのだ。
その根底には、
「効率と集客を最優先するマーケティング主導型医療」と、「個別化と職人技を深掘りする本物のART医療」という、
相容れない2つの対立軸が存在するからである。文化の違いだ。
もっとも「個別化と職人技を深掘りするART医療」の中でも文化の違いがギラギラと立っている。
文化というよりも信じているものの違いなので、感情が理性を追い越してしまうところもあるから
「宗教の違い」とまで言ってもいいかも知れない。
新宿合戦の話をする前に・・ためらったけど、政治(それぞれの正義)の話をさせてほしい
すこし、マーケ的な分析をしてもいいでしょうか?!軸を2本立てる前にはUSAのハンバーガー戦争を例に出したい。
アメリカのハンバーガー戦争は、お客の取り合い。政治の票の取り合いや、ARTクリニックの患者さんの取り合いと同じ。
もちろん私個人の意見なのでここまでも、これからも色々と反論もあって当然です。
今 宗教(それぞれの正義)の違いといいましたが・・国会の与野党がまさにそれだと思います。
双方に信者がいる。
体外受精のクリニックの分布図は、ある意味・・宗教の話だと同じだろう。
◯◯信者や △△信者がいる。
保守の信者VSリベラル信者 リベラルの中には極左信者もいる。
この記事は、色々な方の価値観があるから政治・政党のアナロジーを出すのはためらったけど、
体外クリニック分布図を描くときは、信者論を話した方が分かりやすいの・・OPENでいくのを許してほしい。
「コンクリートから人へ」というキャッチーな政治コピーが昔あった。民主党政権だ。
でもあの時も 国民は政権交代をすれば自分たちの生活が良くなるのでないか?と・・夢をみてしまった。
同じことは、再び起こるとは良く言ったもので、やっぱり起こった。
石破政権での衆議院選挙と参議院選挙惨敗でも野党の躍進でも・・また夢をみてしまった。
目先のものしか見えないと、こうしたことが起こる。

前回の参議院選挙
2025.7.20
与党は衆院に続き、参院でも「少数与党」となる惨敗を喫したが、石破首相(自民総裁)は続投を明言。

そして・・今年 2026.1月の衆議院選挙は、野党勢の激減はご存知の通り。
保守に立ち向かうリベラルこそ知的だと思っていた野党&信者は、過去の成功パターンにしがみついた結果は数字で
証明された。 現在の衆議院の元立民は148人から18人まで激減。88%も減った。それも一枚岩でない。
もう一つ以下の軸1と軸2の両方を冷静にみるためは、弁護士連や東大等の大学のリベラル達をみればよくわかるだろう。
もうイデオロギーの旗を振っても、国民の実利と日本の安全に直結していなければ見向きもされなくなった。
国民が裏取りをする時代になったからだ。
政治の世界では、国民はもう進化してしまっており、オールドメディア(TV・新聞)の発言を鵜呑みにしないで自分たちでSNSで一次情報を取りにいく時代になった。
プロパガンダたるマスコミに世論誘導されて都合よく首を縦に振る時代ではないのだ。
国民は、自分で判断(=意思決定)をするスキルがにもとめられる時代になった。
なぜそうするのか? 自分の生活に返ってくるのを知ったからだ。(もちろん政治に無関心な人も当然いる)
政治(政党&信者)は、ARTクリニック選びでも同じだ。
「どうせ先生が治療方針を決めるし・・」「そっちの方が楽でいい」と「思考停止」に陥っている患者は少なくない。
時代に合わせて、患者さんの心理と行動にあわせてクリニックを運営しないと机上の空論では患者はこない。
でもマーケのチカラの怖いところは、計算通りに患者さんが来るんじゃないのか?と頭がいい先生ほど思ってしまいがちだ。
いわゆる確定バイアスという罠だ。過去に事業で成功した人ほどその罠に落ちる。
患者のインサイトが見えなくなってしまうだ。
ではまずはわかりやすく軸を2本だそう。 実際は軸は何本もあるがモデルを簡素化する為に2本を仮定とした。
軸1:マクドナルド型ハンバーガー ――ファストフード化するART
【軸1:マーケティング主導型医療(ファストフード化モデル)】


クォーターパウンダー チーズデラックス
・目的:若くてすぐ結果がでやすい新規患者の大量獲得と、高回転・薄利多売による収益の最大化。
ハンバーガーでいったらマクドナルド。アメリカ人にとっての「日常の味」
知名度、店舗数、そしてアメリカのバーガー市場シェア(約48%)において圧倒的なナンバーワン。
マックは、
グルメ系バーガーやトッピングを自由に選べる(組み合わせは25万通り以上)のファイブガイズ (Five Guys)のような
値段高めの美味しい自分好みのボリューム満点なバーガーを狙わない感じでしょうか?
まずお客さんが違う。マックのお客さんは、ファイブガイズのバーガーを求めていない。
価値観の違いだ。
・手法:マックのハンバーガーのように誰が担当しても同じ結果が出る「標準化プロトコル」、
夜間・休日診療や高級ホテルのような内装という「外付けの付加価値」、
そして「SDM」や「患者ファースト」という少し耳ざわりの良いキャッチコピー。
ふわっとしてなんか新しそう、良さそうと思ってもらうのがゴールだ。
・実態:診療時間は1人あたり数分から15分。丁寧な対話ではなく、「保険にしますか? 自費にしますか?」
「A法にしますか? B法にしますか?」と いうメニューを患者に選ばせ、
署名させるだけの「メニュードリブン(選択肢の手続き)」への没落の可能性もありえる。
患者が自分で選んでいると思わせることが大事。
つまり患者さんはその選択で何が変わってしまうのか?
理解していないままメニューを選んでいる人も少なくはないだろう。
わかって選んでいる人も当然いるが・・体外のビギナーだと難しいと思う。
患者として入りやすい反面、簡単に他院にでやすい(=転院)のを知ってているから
高回転で収益化をはかりマスの理論で
他店舗展開するチェーン飲食店のように広がり・・いい意味でも悪い意味でも
ART医療がファストフード化してくる。
軸2:イン・アンド・アウト型ハンバーガー ――「オーダーメイド風」を本物にするのは患者

500マイル(約800km)ルール
遠い所には出店はしない「In-N-Out Burger」

【軸2:個別化と職人技を深掘りするART医療】
・目的:一人ひとりの難治性要因を解き明かし、確率は低くとも「妊娠という結果」へ導くこと。
たくさんの他店舗展開は考えてない。
アメリカ西海岸エリアのイン・アンド・アウト・バーガー(In-N-Out Burger)のような感じでしょうか?
フランチャイズ化もしなく、「冷凍食材は一切使わない」「注文を受けてから調理する」という徹底した鮮度への
こだわりと、
高品質なのにマクドナルド並みに安いという圧倒的なコスパの高さで人気がある。
店舗同士が過度に離れて孤立しないよう、自社の流通網をベースにドミナント展開(特定の地域へ集中出店)
しており
500マイル(約800km)ルールを置き、自社工場でつくったに牛肉のパティや新鮮野菜を積んで配送センターから
1日で行って帰ってこれる店しか出店させない。
当然 直営店ONLYの『物流ファースト』のハンバーガー屋。本当の本物は安い!
・手法:患者のホルモン動態、過去の刺激反応、胚の発育停止パターン、培養結果などをミリ単位で分析し、
試行錯誤を繰り返しながら
構築するオーダーメイド風の治療戦略。
・実態:高度な専門性と時間を要する臨床思考過程であり、
単なるマニュアルや患者への「選択肢の提示」だけでは決して到達できない領域。
そのためクリニックのこだわりや文化の出し方がキツくなる。トップダウンで治療方針きまる。
オーダーメイドといってもそれぞれバラバラのメニューがでるわけでなく、
ある程度のパターン化(標準化)はしている。
だから「オーダーメイド風」。ちなみに通院日を患者がある程度前後に動かすだけで薬剤が入ってくるタイミングも
当然かわるので
ある程度のオーダーメイドになるし、
主治医に過去の本人データから薬剤の希望や変更(前回良い結果じゃなかったから違うのにしたい)と
相談できる環境と人間関係の
近さがあると理想的。オーダーメイド風をオーダーメイドにするは医者ではなくて患者Sideだ。
飲食店の裏メニューとはまた違う。料理をしてくれる人にこちらの好みをさりげなく伝える感じだろうか?
食べる人が要望と根拠をいわないと料理人は、
いつもの料理を出す。疲れてくると知らないうちに味も濃くなってしまう。
Q: 個別化と職人技を深掘りするART医療の修行を大事にしてきた医師たちの世界観はなにか?
自分の支持した先生のいる大学医局や専門基幹病院の現場で育った医師や培養士たちは、高年齢、重度男性不妊、何度も初期胚で発育停止するような「泥くさく複雑な難治性症例」を日常的にチームで検討し、
論文を読み込み、仮説検証と試行錯誤を重ねるトレーニングを受けてきている。
彼らにとってARTとは、単なる作業のパッケージではなく、
厳格な倫理と高度な学術的思考が要求される「洗練された舞台」にみえるのだ。
だからこそ、そうした臨床の深みが資本とコンサルティングの手によって解体され、サイゼリヤやマクドナルドのような大量消費財と同等に扱われる様を見たとき、ベテラン医たちは「まるで、自分たちが長年かけて芸を磨き上げてきた能の演者が、土足で能舞台に上がられたかのような」耐えがたい屈辱と強い憤りを覚えるのだろうか?
芸は、あくまでの患者さん(=能をみてくださる観客)のものである。
芸は自分のものと思ったら驕りは入り、長年の経験が「俺の芸が一番いい」という老害に変わってしまうリスクも
含んでいる。
だから、軸1と軸2は一概にどちらがいいかは、患者がきめることだと思う。
第3章:新宿西口「国盗り合戦」のリアル――東西南北の陣形図とビジネス戦略
さきほどART治療は、支持政党と同じで宗教だと言った。当然宗教には、「改宗」がある。
◯◯クリニックの◯◯信者が、 改宗して△△クリニックの△△信者になる。
患者さんにとっていいクリニックは、上手くいったクリニックであることは言うまでもない。
上手くいったらいい宗教=いいクリニックになると思う。
転院しようかな?それともここにいようかな? カルテも厚くなっているしゼロから始めるも面倒くさいと思う患者もいる。
『心の揺らぎ』を自分で正当化して 元にところからででない患者もいるし、外に飛び出してゆく患者もいる。
この対立軸が最も先鋭的な形で表面化している主戦場こそが、日本の生殖医療の「本丸」である新宿西口エリアである。
コンサルティング視点で見れば、加藤レディスクリニック(KLC)が長年かけて創出した「日本で最も不妊治療患者の密度が高いエリア」に参入することは極めて合理的である。現在、この狭いエリアで繰り広げられている「国取り合戦」は、各陣営のポジショニング(東西南北の陣形)によって見事に整理できる。
私がつくって新宿西口ロードマップをみて欲しい。
くどいようだが、西口だ。東口ではない。JRを挟んで東口には、にしたんクリニック新宿院が1号店(ヒューリック新宿ビル)としてある。
今回はそこかから線路飛び越えて西口院として国盗り合戦への参加となる。陣は明治安田生命新宿ビルだ。
ローターリーを中心に北の陣2つ、南の陣1つ、そして新たに東の陣が加わり国盗り合戦の絵図になっている。
もう一度、絵をここにおく。
新宿西口 4強_ARTクリニック
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(ウエストゲート新宿ビル.jpg)
KLC

新宿

新宿西口院 NEW

東のゲートキーパー ――線路を越えてきた駅直結の、にしたんARTクリニック新宿西口院
【1. 東のゲートキーパー:にしたんARTクリニック新宿西口院(駅直結・明治安田新宿ビル5Fのワンフロアだが820坪)】
・陣形:新宿駅の改札・地下通路直結という絶好の「関所(ゲート)」を占拠。
加藤レディースの全フロアの総面積が885坪には及ばないが、それをワンフロアで実現しているのは患者ファースト
※ 「患者ファースト」は当該クリニックのCONCEPT
・戦略:人流を最前線でインターセプトする現代型マーケティングの覇者。
夜22時までの診療、ラグジュアリーな内装、そして「SDM」をキャッチコピーに掲げ、
通院利便性と安心感を最前面に打ち出す。
北の奥の院・本丸――KLCと新宿アート
【2. 北の奥の院・本丸:加藤レディスクリニック(KLC)・新宿アートクリニック】
(ウエストゲート新宿ビル4F/5F/7F/8F/10F/11F/13F)+(オークタワー3F)
・陣形:青梅街道沿いに鎮座する歴史的「本丸」。
この2院がアメリカ西海岸エリアのイン・アンド・アウト・バーガー(In-N-Out Burger)のような感じで
施設同士が過度に離れて孤立しないよう、自社の流通網をベースにドミナント展開(特定の地域へ集中出院)
している。
※ これは、新橋夢クリニックとNAC(丸の内)でもドミナント展開しているのと同じ。
・戦略:自然周期・低刺激周期の絶対的パイオニア。圧倒的な症例数と技術力、積み上げたブランド価値により、
「指名買い」で全国から患者を集める奥の院。ただし、混雑や淡々としたオペレーションに対する一定の不満層を
生み出す側面もある。
南の総合要塞――杉山産婦人科 新宿
【3. 南の総合要塞:杉山産婦人科 新宿】
(山手新宿ビルB1~4Fまで、5Fは託児室・アロマ室)665.6坪
・陣形:南口・バスタ新宿至近に位置する総合力重視の拠点。
そして、杉山産婦人科は、新宿/丸の内/世田谷の3つでそれぞれ別の特色(機能別)がある。
地政学的なドミナント展開ではなく、機能別という意味でのドミナント戦略を敷く。
世田谷は産科婦人科で、丸の内と新宿は日帰り内視鏡や腹腔鏡(ラパロ)でも強いと差別化をしている。
・戦略:自然周期から高刺激、先進医療、男性不妊(Micro-TESE)までを1施設で網羅する全方位型要塞。
特に着床不全外来にチカラをいれている。
ブランド力と技術力、高度な設備を兼ね備えたバランス型。
考察(あくまでも私の個人的な意見)
新興の大手チェーンは、KLCをはじめとする伝統的巨大院が抱える「混雑」「淡々とした診療体制」への患者の焦りや停滞感(反復不成功層)に対し、夜間22時までの診療や豪華な内装という圧倒的利便性に加え、「SDMであなたと一緒に決めます」というやんわりと良さそうなの良いメッセージを対比させることで、ターゲット層(難治性患者パイ)の転院(スイッチング)をダイレクトに狙っているのだろう。
でもそれはマーケティング的には正しい。
しかし、ここに最大の構造的矛盾が存在する。KLC等で結果が出なかった難治性患者が、利便性とトーン柔らかさの良さを求めて転院した先が万が一「マニュアル化された高回転チェーン」であった場合、果たしてその患者は救われるのだろうか?と
「個別化と職人技を深掘りするART医療医たち」は、思ってしまうのだろうか?
またその逆のパターンで・・
Business的に結果が出しやすい初期層(軽症層)を効率的に集客し、
手に負えなくなった難治性患者を最終的に自分たち「泥くさい専門医」に委ねるという「集客と臨床の非対称性」こそが、
ベテラン医たちの怒りの根源にあるのかもしれない。 どっちだろうか?
それとも無関心か?自分の院運営と患者層に自信をもっているので、自分たちの治療を淡々と提供するだけだと
腰に両手を当てるのだろうか?
それはわからない。色々な先生たちがいるからだ。
叩かれるのは、いつも新参者――生殖と周産期の壁
でもこれは昔も同じことがあった。今でこそARTのベテラン医の職人の先生たちも
大学病院の産科の先生たちから、白い目でみられていた時代があった。
「美容整形みたいに自由診療で好きな金額をつけて金儲け主義だ」と思われてた時があった。
歴史的な背景や医療現場のシステム、双方の「スタンス(方針)の違い」から、時に心理的な溝や、ギクシャクした関係に見えるケース(通称:生殖と周産期の壁)が存在することは事実だ。
歴史的な背景というのは、
日産婦の中では、歴史的に「周産期(産科)」や「婦人科腫瘍(がん)」を専門とする大学医局が大きな権力(ヒエラルキーの頂点)を握ってきたが、
ART治療は比較的新しい分野であり、大学医局を離れて独立した開業医(加藤レディスクリニックや杉山産婦人科など)が
最先端を走ってきた歴史があるため、学会内の体制的なヒエラルキーと、実際の市場・実力との間で複雑な関係性があるのも事実。
昔 KLCや杉山産婦人科が大学医局に叩かれた時代があったように、いつだって新生グループは叩かれるかも知れない。
歴史とプライドがそうさせるのだろう。
叩かれるのはいつも新参者とは世の常だ。
しかし、いつだって新しい時代の波が医師たちを運ぶ。
その波は患者のニーズと実際の移動だと思う。
その波はマーケティングだけつくれるものではない、政府による制度の変化(保険治療でのIVF)でも大きくかわる。
なぜなら、そこに患者さんたちの大移動があるからだ。ここでは保険治療IVFのメリットとデメリットを
患者側がどう感じるか?クリニック側がどう感じるか?は記さない。(別の記事で書いてあります)
第4章:【批評的検証】マーケティング主導型医療は「悪」なのか?
ここでクリティカル・シンキングの視点を取り入れたいと思う。
私は、既存のART医療(個別化・職人技モデル)を擁護をして、新興の大手チェーンに一方的な批判に終始する気はない。
患者さんたちがどちらに行っても「あたりだ」「はずれた」と思う人は一定数の割合でいるからだ。
ここでは、『マーケティング主導型医療』が果たしている社会的役割についても客観的に検証しておく必要がある。
新興チェーンや美容資本の参入に対して「医療のファーストフード化だ」と批判するのは易しい。
しかし、患者側の視点に立ったとき、このモデルが一概に悪であるとは言えない側面も確実に存在する。
第一に:夜22時の診察室が救っているもの
理由①:「医療アクセス性の飛躍的向上」である。
従来の大学病院や老舗専門クリニックは、平日の日中しか診療を行っておらず、待ち時間が数時間に及ぶことも珍しくなかった。仕事を辞めずに不妊治療を続けたい働く女性にとって、「夜22時まで診療」「Web予約の完結」「駅直結の立地」は、医療の質以前に「治療を継続するための必須条件」である。
ファーストフードが人々に手軽な食事を提供したのと同様に、治療のハードルを極限まで下げた価値は小さくない。ましてや今は保険治療IVFが登竜門になっているため、仕事と治療との両立が難しいと感じる若い患者さんが多い。
「保険治療じゃ結果がでないだ。当院の自由診療が一番結果がでるんだ」と既存のART医療医(個別化・職人技モデル)が叫んだところで昔ほどの訴求感はもうないのだ。
患者にとってコスパとタイパは重要だ。
年配のベテラン患者さんたちのようにお金に余裕がある人は少ないだろう・・若い方だからだ。
同じくらい稼いでいる若い患者さんでも削れない仕事に差し障りの無い程度で無理をせずに体外をしたいという人はいる。
当然 夜の遅い時間まで開いていると助かる。
最終予約10時でお会計をすますが11時には・・家に帰れるだろう。日付が変わる前に。
第二に:「わたしってそんなに重度なの?」と高度医療の押し付けを避けられる場合もある――マニュアルが合う患者もいる
理由②:「標準化医療(マニュアル化)による一定の成果」である。
生殖理由が軽微な若い初診患者や、標準的な刺激法で十分に結果が出る層にとっては、過度な個別化や深い対話よりも、
洗練されたオペレーションでスムーズに治療が進む方がストレスが少ない場合もある。
全症例に対して職人技的なアプローチを求めることが、必ずしもすべての患者の期待と合致するわけではない。
彼女たちは、高度の治療を受けたいわけではなくただ最短で妊娠したいだけだ。
余計なART治療の知識もいれたいとも思わないだろう。
過度の個別化や医師との深い対話(治療方針のSDM)はストレスになる。
「それって・・わたしってそんなに重度の不妊患者なの?」と不安だけにおわりになる。
AMHホルモンが世にでた2010年代初頭の「AMHが43歳の数値だから、すぐ体外にいかないと駄目だ」とか「CD3でFSHが20を超えているから卵胞が見えない、だから閉経が近いかもしれない。生理は何歳の時に来た?」とか医師が言って患者さんが・・もう体外に一日でも
ステップUPを早くして連続採卵しないと・・と患者がすぐに行動を早めた時代は大昔だ。
今の時代は、患者さんがすぐにAIで確かめる時代だ。
問題の本質は「マーケティング主導型医療が存在すること」そのものにあるのではなく、
今まで散々やってきて駄目だった難治性患者までマニュアル化されたオーソドックスの治療をやらされること。
また、逆に通っている時間が長くなると治療のグレードUPのマニュアルの流れになり、
その軽度の患者を重症化扱いして一括治療になることだ。
医師側は楽でいい。プロジェクト管理みたいにチェックしていけばいいのだから。
でも患者たちにとってはそれは幸せなのか?
第5章:見抜く患者たち――Dr.リスト、出身医局、そしてクリニックのDr求人情報まで目を通すベテラン患者たち
こうしたマーケティング主導の潮流に対し、近年では患者側のリテラシーも非常に高まっており、表面的な豪華さに惑わされず構造の歪みを見抜く患者が現れている。さきほどのAIをつかってすぐに調べる患者の中には深く深くAIと壁打ちをして構造をつかめる患者もいるだろう。
わたしのClientさんOBたちと品川のドトールで3時間も話していた。
その時のリアルな会話はこうだった。
ある患者さんは、大手チェーンのWebサイトに掲載されている「医師一覧(Dr.リスト)」を冷静に分析し、次のように指摘した。
「採用情報や経歴を見るのよ、わたしはクリニックやDr.を選ぶとき・・ほらこれみて」
応募資格
医師免許(診療科問わず全ての医師が対象)
生殖医療専門医 / 産婦人科専門医 / 臨床遺伝専門医 優遇
※転科をご検討されている方もお問い合わせください。
未経験からの登用実績あり(生殖医療専門医による教育プログラム制度あり)
※非常勤勤務も可能。(週1勤務や時短勤務など)〈必須条件〉
出典:にしたんARTクリニック医師採用サイトの「募集要項」ページ (2026年10月時点)
患者さまファーストを大切にする当院の理念に共感いただける方
患者さまに親身に寄り添った診療のできる方(人柄重視)
社会に貢献したい思いが強い方
わたしたちは、彼女からその画面をスマホでみせられた。
他のOBたちもみる。「そこまでみるの?私はDrのProfileだけは見るけど・・どんな先生がいるか?を」
転院を繰り返してきた彼女にとって、通ってみようかな?と思うCLINICの医師の履歴はすごく重視するのだ。
どこの病院で何をしてきた先生なのか?
そして出身大学はどこなのか?
このクリニックの他の先生たちと同じ大学で医局つながりで入ってきたのかな?とまで観るのだ。
また、前に働いていたクリニックはどこで何系(刺激系/自然周期や低刺激)のところだったのだろう?もしっかり観ると
言った。
わたしは彼女にこういった。
「これは求人のハードルを限りなく低くして応募しやすくしているだけだよ。あるいはコンサルがやっているから
求人広告をHPに乗せるとアクセスがあがるからじゃないか?」とマーケティングの話をした。
するとその方はこんなことを話したくれた。
「一見こうした求人広告は、採用する側が多様性や実力主義を重視しているように見えけど
高度な専門性が求められるARTにおいてはそのHPは患者もその求人広告をみちゃうのよ。
上が、どういう先生を採用しているか?わかるじゃない?」
「先生、東京でなんでコンビニの店員さんが外国人が多いのか?知っている?」と彼女はわたしに聞いてきた。
「店舗で揚げ物をあげるし、宅配受付もやるし、公共料金に品出し。さらにスマホでプリントアウト操作サービスもあるし
日本人は業務内容と金額がわりに合わなくてあつまらないからだよ」と彼女はみんなに言った。
「それと同じことが医師の求人でも効率的にやられたら患者さんが一番困るよね。
患者さんたちも激安に治療費がやすいCLINICに貴重な時間を割いて行っているわけじゃないのだから・・
医師の給与はしっかりと出してくれていると思うけどね。 コロコロと医師が変わっていたら嫌だし出入りが激しいクリニックは何かあるとおもっちゃう。看護師が頻繁に変わるのも嫌。」と。
さらに・・
「診療科問わず全ての医師が対象で、生殖医療医 / 産婦人科医 / 臨床遺伝医 優遇で、生殖医療専門医による教育プログラム制度あるから未経験からの登用実績もあるって書いているけど・・患者からみると不安よね」
「わたしの主治医の先生が、ベテランDr.でもエコーは難しいと言ってた。エコーで卵胞の見落としならばまだしも
採卵はやっぱりベテランの生殖医療の先生に刺してもらいたいな。痛い採卵は嫌だ。もっとも採卵は痛くなくても
採卵&凍結結果がイマイチなのも困るけど」
この患者さんたちの洞察は極めて鋭いと思った。
一般的なビジネスでは、求職する側からは「出身校不問・未経験可能、研修あり」は肯定的に評価されることが多いが、
患者側からみると違うのだろう。
転院を繰り返してきた患者さんたちにとっては、専門性の高いART領域における「出身医局や以前の勤務歴の簡単な説明」とは、単なるブランドの誇示ではなくどれだけ高難度の症例を叩き込まれ、どのような臨床的思考訓練を受けてきたかという質の証明にほかならないのだ。
それは保証書だからだ。患者側からみたらそれしか信用するものがないわけだ。それがないと判断できないわけだ。
彼女達は仕事では、それなりのキャリアがあるから、仕事の感覚で細かくみるクセがついているのだろう。
第6章:日本の医療現場において「真のSDM」が成立しにくい構造的背景
まず日本の医療ではSDMを現場で実施するはきつい。Dr.やSTAFFのマンパワーの差が出てしまう。
- なぜ、このような医療現場の構造が歪みが放置され、
学術的な面から一皮向けない表向きの「SDM」ばかりが一人歩きしてしまうのか? -
そこには日本独自の医療環境が抱える構造的問題が存在する。
原因①:15分の診察で、人生観は聞けない
第一に、 「高回転・短時間診療とSDMの根本的矛盾」である。
1日に数百人を診る大規模チェーンや通常のARTCLINICにおいて、1人あたりの診察時間は数分から15分程度に過ぎない。
その短時間で患者の人生観や価値観を傾聴し、「共に戦略を練る」ことは物理的に不可能である。
診察時間が長くなり現場がまわらなくなる。
結果として「患者さんに選択肢の紙を渡して選ばせたからSDMをやった」という形式主義に陥り、一歩間違えれば
「患者自身が選んだ治療結果なのだから」という決定責任の免責符としてSDMが利用される危険性すら生じる。
原因②:医師も患者も同じところをぐるぐる回る――反復不成功の「スロー」
第二に、「患者側の回答の負担と結果への切迫感」である。
医療情報の非対称性が大きい中で「あなたはどうしたいですか」と委ねられても、
患者は思考停止(決定麻痺)に陥りやすい。
また、SDM本来の価値は「過程(プロセスの納得感)」にあるが、追い詰められた患者の多くは
「最短での結果(妊娠)」のみを求めているため、意思決定のプロセスそのものに価値を見出す心理的余裕を持てない。
主体性をもって医師と話すというのがART医療では薄い。
たとえばガン治療ならば、家族の患者をどうにか助けたくて抗癌剤をどういうスケジュールでいれていき、
家族と医師で確認チェックしていくか?オペはどういうオペをするのか?を膝をわたって話すのは普通だ。
そこには医師は患者家族の価値観や意見を拾おうと努力するので、比較的SDMは実現しやすい。
でもART治療ではそうならないのか?
ART治療でも反復不成功の患者さんは治療の結果が出るのがスローだから厄介だ。
その周期が駄目だった原因の振り返りもなく次の周期に行ってしまう。
一方 若い人は結果が早くでる人は早くのはいうまでないが、若い人で長引いて気がついたら保険治療IVFの資格がなくなっている人もいる。そのときに本来のSDMの必要性がわかる。
同じところをぐるぐると回って動けないほど辛いものはないからだ。
原因③:話すほど赤字になる診療報酬
第三に、「診療報酬体系の限界」である。
現在の日本の保険制度では、時間をかけた丁寧なカウンセリングや戦略構築に対する評価(点数)が極めて低い。
経営的には「会話を最小限にし、検査と処置の回転数を上げる」方がはるかに有利であり、
構造そのものがSDMの形骸化を推進していると言わざるを得ない。
形骸化したSDMが最も罪深く作用するのは、治療が奏効せず同じどころにずっといるしかない「反復不成功」に陥った重症患者の対応においてである。
「患者がこの治療法を希望した(SDMに基づく意思決定)」というポーズが形式的に成立してしまうと、
医師側は根本的な治療戦略の再評価や、難治性要因の深掘りといった重い課題から目を背けやすくなる。
結果として、有効なブレイクスルーがないまま同様の治療が繰り返され、患者が治療自体の止め時を見失ったまま滞留する「囲い込み(時間だけが流れていく”飼い殺し”というと言い過ぎだが・・)」の構造が生じるのである。
飼い殺しという荒い言葉よりも、治療を終焉の後送りというのが本質だと思う。
患者さんもまだ医師から三行半は出されていないから、出されても怖い。
だから、あと少しあと少しと治療をやめるという現実から回避を無意識に選んでしまうのだろう。
第7章:終りに――かおたんラーメンのブレないスープのように、ブレない「臨床の誠実さ」へ
かおたんラーメンのスープが40年以上変わらず人々の心を掴んで離さないのは、時代やトレンドに流されず、丁寧に仕込まれた深い出汁と香ばしい揚げネギという「確かな骨格」があるからだ。ブレたら続かない――それはラーメンも、生命を紡ぐART医療もまったく同じである。
医療における「Shared Decision Making(共同意思決定)」は、
本来、医師と患者が対等なパートナーとして対話し、医療の不確実性と患者の人生観を分かち合うための誠実な理念である。
しかし、それが過度な医療マーケティングや高回転ビジネスモデルと結合したとき、「集客のためのキャッチコピー」あるいは「決定責任を免責するための手続き」へと容易に退廃してしまう可能性がある。
便利で洗練されたクリニックを選択すること自体は、患者の当然の権利であり、時代の要請でもある。
だが、私たちは「医療の利便性」と「臨床思考の深さ」が必ずしも同義ではないことを冷静に理解しておかなければならない。
ポスターやWebサイトに飾られるフアっとした編集されたSDMは、本当のSDMの姿からは遠い。
理由は、患者がクリニックから与えられるものと思ってしまうからだ。
科学的根拠(エビデンス)に基づいた妥協のない個別戦略の提示と、時間をかけて患者の人生観に向き合うことのできる真の意思決定支援(専門的な戦略介入やカウンセリングシステム)の構築こそが求められている。
それには患者自身のチカラがいる。
これはアメリカのサブウェイの注文をアナロジーにしていかにSDMが現場実施するのが難しいのかわかってもらったと思う。
注文者とSTAFFがだらだら決めれないでいると・・注文者の後ろに行列が出てしまい。
サブウェイのマネージャーが怒鳴るのだ。効率が悪く売上があがらないじゃないかと。
だから 客はサブウェイでの注文の流れをしっている必要がある。また注文時に好みを考えてると駄目だ。ぱっぱっと
スピーディーに注文を客はして、STAFFも流れを作ってあげる必要がある。
ここで批判的な質問のFAQを書いておく。 クリティカル・シンキングで意味に深みが入るために。
- サブウェイでの注文と医療におけるSDMは同じでないから、記事では疑似体験とか書かれている・・
サブウェイでは再現できない、医療のもう1つの難しさががあると思う。 -
サブウェイの注文を例に、選択肢を提示されることと、自分で意思決定することの違いについて書いた。
サブウェイでは、パンを選び、具材を選び、ソースを選ぶ。
店員から提示された選択肢を理解し、自分の好みに合わせて組み合わせる。自分で選んだという感覚もある。
この体験は、医療におけるSDM(共同意思決定)を考えるうえで、ひとつの入口になる。
ご指摘のように・・ただし、サブウェイの注文と医療の意思決定には、決定的な違いがある。 - その違いとはなんでしょうか?
-
選択肢があることと、選択肢を評価できることは違う!
患者は自分の治療の結果はみればわかるが・・そこまでのプロセスを評価ができない。
サブウェイであれば、提示された選択肢を見て、自分の好みや予算に合わせて選べばよい。
もちろん、栄養やアレルギーなど、判断に専門的な知識が必要になる場面はある。
しかし、通常の注文では、自分が何を好み、何を食べたいかを基準に決めることができる。ところが、生殖医療では事情が違う。
医師から治療方針を提示されたとしても、患者はその選択肢が自分にとってどの程度合理的なのかを、
簡単には評価できない。
検査値、卵胞の発育、過去の治療経過、薬剤への反応。それぞれの情報を知ることと、
それらを統合して今回の治療をどう評価するかは、別の問題だからだ。患者が医師に対して求めているのは、選択肢を並べてもらうことだけではない。
自分の経過を踏まえたとき、それぞれの選択肢にどのような意味があるのかを理解したい。
それを医師とやり取りするには、まず患者自身がこの周期に何をしたいのか?何を避けたいのか?を
明確になっていないと・・その後のSDMの設計自体が崩れていく。
遠い目標である「妊娠したい」というざっくりしたものでなくて、もっと短期の目標とリスク回避の話だ。
ここに、サブウェイの注文では十分に再現できない医療のSDMの難しさがある。
医師から選択肢が書かれた紙を渡されること自体は、SDMを支援するひとつの方法だ。
しかし、その紙を渡すことと、SDMが実践されたことは同じではない。
患者が選択肢の意味を理解できず、自分の価値観や懸念を共有する機会もなく、
判断の根拠について対話がなされないままなら、それは選択肢の提示にとどまっている。
医師が紙を渡したことで・・意思決定の責任まで患者に委ねてしまうなら、
私が問題にしている「編集されたSDM」に近づいてしまう。
この話は、また別の記事で書こう。
医療の産業化が進む現代だからこそ、私たちは一人の患者として・・言葉の表面的な華やかさに惑わされず、
その裏にある診療の実態と、ブレない臨床の誠実さを見極めていく必要がある。
本物のSDMは、患者側が医師にしかけてゆくものだと思う。
前述したように日本のSDMは構造的に成立しにくいからだ。
「患者が医師に仕掛ける」というと誤解をする人もいるだろう。
医師を誘導したり、論破したりすることではない。操作や対立ではない。
そんなことをしたらあなたは、医師に嫌われる。
「仕掛ける」の本当の意味はむしろ逆だ。
医師の治療スキームと制約を理解し、患者自身の生活スキームを短い言葉で伝え、双方が判断の根拠を共有できるようにすることだ。
医療知識だけ知っていればDr.コミュニケーションが良くなるわけではない。
知識とロジックだけで話を進めると・・スムーズになるどころか結果は逆になる。
患者も主治医の「治療スキーム」という思考の流れと制約条件を理解しつつ、
患者自身の「生活スキーム(お金や時間の価値観)」を短い言葉で短い時間に疎通させて
互いが納得する落とし所をさがせる人間力がSDMなのかもしれない。
私は20年前にそれを「患者力」と呼んだ。ICの前にそれが絶対に必要だと思った。
SDMという言葉が当時は無かった。そして ICも双方で誤解されて独り歩きをしてた。
だから、大学の研究者たちが言及しているSDMを、絵に書いた餅にしてはならないと思う。
SDMは現場で行われるんだ。看護師も医師の代わりに最後までSDMをすることはできない。
少し患者さんにヒアリングして医師にメモを渡して電子カルテに書いてもらう程度だろう。
SDMの実現には・・医師も患者も相手の要望や都合を汲み取る人間力がいるってことだ。
だから無意識でやっている医者もいる。また患者もいる。
SDMは医師が患者に与えるものでもなく、患者が医師にもとめて受け身でいて手に入るものではない。
「そんなの私にはできない、評価なんてできない」という人もいるだろう。
「患者が自分で選択肢を評価できないのなら、結局、医師に判断を任せるしかないのではないか?」と
思う人もいるだろう。
核心は、患者が医師と同じ医学的評価をできるようになることを目指しているのではない!
患者は医学的判断のすべてを代行する必要はない。
しかし、自分の治療について何を重視するのか、何を避けたいのか、どのような説明が不足しているのかを
把握することはできる。
医師の医学的評価と、患者の価値観や生活上の制約は異なる。だからこそ、それぞれを持ち寄る必要がある。(終)




