1章:主治医に伝わらないのは、患者さんのせいではない ーある患者さんがつくったマインドマップー
うちには、ダイレクトに「ART-コンサル」を求めて来院する患者さんもいる。
長く一人で自分で分析・解析しながらやってきた人たちだ。
ARTのプロの第三者の視点から観て欲しいという依頼のお仕事だ。
当然、彼女達が普段使うような言葉を私も選ぶことになる。 英語圏でコンサルテーションが身近にあるから
下手にわかりやすい言葉に翻訳することなしに、彼女達の言葉のままに話すことになる。
この記事は、Minevaのカンファの舞台裏の話になる。横文字も少し多くなるけど・・隠しても仕方ない。
ちなみ、この話はいわゆるコンサルテーションの話ではない。東西の『型』になる。
さて、私はひさしぶりにマインドマップのアプリ「X-mind」を使いだした。
なぜか?理由は色々あるが、
その1つは・・過去にある患者さんがこう相談してきたのを思い出したからだ。
「あの・・コンサルテーションをお願いします。」と電話をかけて来てくれた患者さん。
【カンファの流れ】
ーMinevaのプレカンファと契約開始までの流れー
問い合わせメッセージ▷ 電話での折り返し ▷ 記入シートのメール転送 ▷ 資料の深堀り電話
▷ プレ・カンファ(過去の分析と解析)▷ 契約 ▷ 本格的なカンファ開始
「次回の診察室で主治医の先生に今後の治療方針の相談をするか?
自分が過去の治療結果をどう踏まえて、どう先生に伝えたらいいのか?マインドマップでいつも考えながら頭の整理しているが、上手く伝えることができない。別視点が欲しいのです。日本の治療のギャップとかも知りたいし・・・」
と彼女は言った。
電話の時ではなくて・・資料を私に出してもらった後、プレ・カンファ(入会前のデフォルト)前の打ち合わせ電話の時にだった。事前に送られてきたEXCEL資料には、彼女が自分で作ったマインドマップがEXCELに貼り付けたあった。
その方は有名な外資の日本人女性だった。・・年齢も40を越しているからポストもある人、旦那さまは本国のDr.だった。
ずっと海外住まいだったので、海外でART治療をしてきたが・・日本で採卵から始めたくて単身で故郷に帰国した訳だ。
海外では回数制限でドナーエッグへの軌道修正を強制的に勧められて
しまい、お金を出してIVFを継続はできないところも多いのだ。また、日本のIVFは海外からみると本当に格安なのだ。
治療方針を主治医と決定するにも、彼女は受動的でなくて能動的だった。こちらの質問に対して先生がどうその時に
患者に伝えたかも全部答えてくれたので、
私は診察室でどういう会話がどういう雰囲気の中で行われたのか分かりやすかった。
彼女は続ける。
自分の仕事での経験から、言いたいこと、伝えたいことは言っていく方だけど、日本ではDr.に遠慮をしてどこまで言ってもいいのか?わからないから、日本のそのClinicのそのDr.のやり方を知っていたら教えて欲しい。というご依頼だった。
そして、私は「○○さん、向こうでは仕事ではどうやって整理しているの?」と聞いたら
短く「X-mind」と「Trello」かな?と言った彼女。
PCのモニターの中をみながら、直感的にカードを手で動かしている。だから 体外の治療経過もそれで管理をしてきた。と
送られてきたEXCELをみると、海外での治療経過も日本での治療経過も綺麗にまとめてられていた。
私は、それを編集してプレ・カンファの資料の一部に加工していった。
抜けているところは電話で確認しながら精度をあげていった。プレ・カンファでは今後のカンファのBASEとなる
『プログレスノート(経過記録)』通称:ログブックを作るのが、本当に大変なのだ。治療回数が多い人は特に。
ホルモン値や卵胞サイズの伸び&失速を書くのはもちろん、患者さんと主治医のやりとりをパッとわかるように
ビジュアリーにしていく地味な作業だ。作っていくうちに、周期による軸の変化が浮かび上がってくる。
そんな会話が、昨日のように思い出されてきた。
私はなぜ?マインド・マップをかつて手放したのだろう?と思った訳だ。
私はそれを手放して、別のデジタル・ツールでカンファの構成を整理していたのだ。
そして、再び再開するに当たって、過去の失敗から学んだことを活かして何に
留意していくのか?を書いていきたい。
私は失敗からのFeedbackを、推進力にどうやったらなるのだろう?と考えるのが好きなのだ。
これはカンファの進め方と全く同じだ。
すると結構、恐ろしい程に本質的なものが見えてきた。
1節:今さら聞けないマインドマップとは?

「マインドマップ」とは、
頭の中にある考えや情報を視覚的に整理する思考ツールだ。
用紙の中央にメインのテーマを置き、そこから関連するキーワードやアイデアを放射状に枝分かれさせていくことで、
思考を広げたり深めたりする。
「全体像」が見えるのは、本や論文の目次を書いたりするにはいい、複雑な内容も簡単に把握できるからだ。
でも・・一人ブレスト(=一人意見出し会議)で使うならばどうだろうか?!
デメリットを3つ考えてみた。
デメリット1つ目: 膨大になると全体が見えなくなる。枝が細かくなるという点
デメリット2つ目: 書いて満足感(=やった感)で終わってしまうこと。で、何も変わらない。
デメリット3つ目(一番の問題)・・相手に伝えるときに、情報を共有前に説明や手直しがかかる。
一般的にはそんな理解だろうと思う。
でも、本質はそこではない気がした。熟練者が無意識にやっている行動&思考から掘り下げていこう♪
(※ 私も熟練者でない)
まず、熟練者はマインドマップ思考で
左から右へ右へと思考を広げられていく中で、軸が複数立ってしまう「暴れ馬🐎」を制御できるみたいだ。見習いたい。
暴れたその軸を、適正な数に修正ができるのが熟練者。
なぜ?そんなことができるのか?というと・・熟練者は、マインド・マップを書いても
自分の頭の中に既にあるものを、ただ可視化しているだけだからだと思う。
マップを書き始めるまえに「軸」がある程度出来ている。
つまり、熟練者は何もマインドマップを書かなくてもある程度、それに近いものが、既に頭の中に入っているということ。
2節:『MECE・ロジックツリー』とは

熟練者はマインドマップを、「MECE(ミーシー)」として捉えている。
図のように、ミーシーという状態は右図のよう・・白い隙間も重なりもない状態をいう。
つまり、ダラダラと書いていくと・・話がダブったり、致命的な抜けが最初にあることに気づかないことがある。
2001年に日本に輸入されたMECEという言葉は,ロジカルシンキング(論理的思考)に書き換えられた。
勝手に誰かが、日本流の分かりやすい”それっぽい言葉”に書き換えた。それも善意をもって・・。
それは、キリスト教が日本に入ってきた時に、日本人が聖母マリアを「観音様」と勝手に解釈して広がったのと似ている。
同じように、日本語の変なラベリングで本来の意味がズレいく。
一方、英語圏では「論理的思考」というのは、昔から空気のような存在であった。
論理的思考や言葉の技術のルーツは、紀元前4世紀の古代ギリシャ、アリストテレスが体系化した「修辞学(レトリック)」や「論理学」にまで遡る。当時はこれらに「文法」を加えた3つが、すべての学びの基礎とされていた。
そう考えると、現代の教育における「文法」というものが、言葉を扱う本来の総合的な形からいかに狭い枠組みへとズレてしまっているかが分かるだろう。
『MECE・ロジックツリー』とは、「Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive」の頭文字をとった言葉で、漏れなく、ダブりなくという意味だ。
物事の要素を細かく分解して、問題を把握する思考法のことだ。
逆に漏れがあり、ダブってロジックツリーのBOXの展開を作ってしまう人が、非常に多いってことだろう。私がそうだった。
最初書き始める前にあった「軸」が暴れ馬のようになった時、それ修正をしないままに、左から右への思考を発散させてしまう人が殆ど。
だから、『MECE思考がいる』って意味なんだろう。
―競走馬の遮眼革―


軸(=進路)から外れた余計なものは一切見ない
競走馬!
もし遮眼革を付けなかったら馬は350度の視野を
キープできる。逃げるのが得意なハズだ。
競走馬の目の横に付け、後方や側面の視界を遮って前方だけを見せるための馬具である「遮眼革(しゃがんかく)」をイメージして欲しい。
熟練者には、絶対にあれがついていると思う。軸がズレたと時に怖くなって走行ラインを修正する競走馬のように。
つまり、熟練者はこのMECEロジックツリーは、フレームワーク(=ただの箱)だと思っているのだろう。
要は、箱と線を繋いだシステムに過ぎないと。
言葉がいかにパワフルで諸刃の剣であるかがわかる。フレームワークを魔法の箱だと思ってしまう人も多いだろう。
言葉はラベリングだから、和製英語の「ロジカル・シンキング」は英語圏では通用しないと上記の患者さんは言っていた。
『Critical thinking(クリティカル・シンキング / 批判的思考)』と本国では言うと教えてくれた。
それは、前提を疑い、客観的な事実(FACT)に基づいて物事を深く分析するスキル。
一方、日本では「成果を出すための問題解決フレームワーク」の意味で使ってしまっている。
フレームワークというとそれで何でも問題解決できる魔法の箱ような錯覚を与えてしまうが、
日本では、コンサル的にはそちらの方が好都合なのだろう。なんか有り難く見えるから。
(※わたしはコンサルは好きではない。自分の仕事もコンサルだと思ったことは一度もない。)
3節:日本では優れた身のこなしの裏には、優れたクリティカル・シンキングが隠れていることが多い
マインドマップのBOX(=トピック)の中に何を書くか?が大事であり、それは「メンタル・モデル」そのものになる。
「メンタル・モデル」とは、BOXにどのような言葉を入れ、どう分解する(=因数分解)かという行為そのものが、作るひとの頭の中にある「世界をどう認識しているか(=メンタルモデル)」をそのまま映し出す鏡にすぎない。
私はこれが本質だと思っている。なぜならば、その場その場での「で!それってなんなん?」の短い文章だからだ。
私は別に舶来品を過剰に・・ありがやと拝みはしないけど
日本ではこの「メンタルモデル」というのが空気のように昔から言語化されずに伝承してきたのだろうと思っている。
だから、うちの患者さんたちがART-Clinicの診察室で・・主治医との会話で「空気が変わった!」瞬間は肌で感じられても
なぜ?変わるのか?医師のメンタルモデルを読むという習慣がないというか?そこで思考の深堀りを止めてしまうのかも知れない。
患者サイドから、そういうクリティカル・シンキングを医師にかけてゆくのは、恥だと思っているのかもしれない。
これは私の一意見だから、他にも色々あるとは思う。皆さんはどう思うだろうか?!
日本語で、「身のこなしがいい人」という言葉がある。
診察室でもそういう身のこなしがいい患者はいる。動作や態度としては美しいと思う。
でも、何かが足りない。
本当に優秀な患者は、クリティカル・シンキング(脳内)を使って、正しい身のこなし(行動)を選択している。
私は患者さんにそういう患者になって欲しいといつも思っている。なぜならば主治医と敵対しないからだ。
では、ただ身のこなしのいいだけの患者は、何がいけないのか?というと・・
態度や世渡りは上手だが、深い戦略や分析に穴がある。これは訓練でできるようになるとそのために私がサポートしていると
患者さん達には、言葉を選んで伝えているつもりだ。
2章:マッキンゼーはいつから何のためにMECE・ロジックツリーを使い出したのか?
MECEロジックツリーをマッキンゼー・アンド・カンパニーで使い始めたのは今からもう60年の前のこと。
優れた報告書(顧客に出す)は、思考がピラミッド状の構造に整理されているとある女性社員が発見した。
その彼女の名前は、バーバラ・ミント。MECE(ミーシー)と名付けた。
こういう風に思う人もいると思う。MECEとロジックツリー違うって。それも正解だ。
でも私はそれは同じだと思っている。
概念自体は、古代ギリシャのアリストテレスの時代からある。
これはクリティカル・シンキング / 批判的思考として前章でも書いた。
ただ、それは、空気のような存在であり脳内のメンタルモデルだった。仕事でも友人でも「馬が合う」とはそうした脳内のメンタルモデルを双方が共有しているからだろう。
そうしたメンタルモデルを実際に目に見えるものとしてMECE・ロジックツリーに落とし込んだのは、彼女だった。
1節:ロジックツリーはマッキンゼーで何のために作られたか?

ここなんだ。この一次情報「FACT」に私は凄くロマンを感じるんだ。
まず、マッキンゼーは、それぞれのコンサルタントが既に共通のメンタルモデルをもっているから、会話が短くスマートに終わるとその患者さん(現社員)は言っていた。つまりBOXの中に書き出す言葉を共通言語として持っているってこと。
だから、バーバラ・ミントは、マッキンゼーの同僚たちが「ピラミッド状に要素を分解・構築するロジック」を持っていると発見したことに終わらずに、それを、報告書の作成段階だけでなく、「プロジェクトの初期に複雑なビジネス課題を分析するツール」として応用し始めた。
MECE・ロジックツリーとは?
MECE思考をロジックツリーに落とし込んだ訳だ。
このピラミッド構造を作る際に、「下位に並ぶ根拠や要素に、モレや重複があってはならない」という具体的なルールとしてセットで開発されたのがMECEだった。
ロジックツリーはその前から存在していた。問題解決のための診断フレームワークとしてロジックツリーが不具合を起こすから
MECEのルールに従って漏れなくダブりなく分解していくための具体的な図としてのロジックツリーがを彼女は提唱した。
目的は、全体像を漏れなく網羅して「どこに問題があるか」を特定したい時はMECEツリーを使うのであった。
Issue(イシュー)ロジックツリーとは?
そして、1970年代になると、ロジックツリーに「別の呼び名」を与えた。
私は、マッキンゼーの集団でもロジックツリーで上手く自分では書いたが
顧客に上手く説明できないという問題が浮上してきたわけだ。
皆さん! MECE・ロジックツリーでマッキンゼーは顧客の問題解決をしていたのに・・何かが足りないと思ったのか?
ここに顧客とのコミュニケーションの難しさが牙を向く。
なぜ?ロジック・ツリーを別の名前に変えたと思うか?
答えは、「Issue・Tree(イシュー・ツゥリー)」だ。
ここにすべての本質がある。
イシューとは、自分の頭に浮かぶ最初の質問のこと。
マッキンゼーの社員たちの問題解決の根底にある「何が最も本質的な問い(=イシュー)なのか?」を突き詰めるメンタルモデルが深く関わってたから名前を「Issue・Tree」と自然発生的に呼ぶようになった。
つまり、「どう解決すべきか(仮説)」を具体的に検証・実行したい時はIssueツリーを使うようになった。
2つのツリーを使い分け始めた。

理由は2つしかなかった。
理由1:
「ただの事実分解」と「解くべき問い」を明確に区別するため。
理由2:
「仮説思考」を組み込むため。
これは、マッキンゼーのもう1つのコアメソッドだ。
イシューツリーのBOXに書かれるのは、ただの単語ではなく、
「〜は本当か?」という検証可能な『問い』や『仮説』の文章だ。
これはアリストテレスの時代から流れるレトリックの代名詞「クリティカル・シンキング」だった。
私なりにまとめてみた。
これらは、マッキンゼーのメンタルモデルの進化だ。 そして、それらは使い分けてはじめて活きてくる。
「事象(FACT)を論理的に綺麗に整理しよう」という
メンタルモデル = ロジックツリー
つまり・・全体像の把握・構造化 ▶自分たち裏側の観点
単に情報を整理する棚(=だたのフレームワーク)ではなく、
解くべき謎(イシュー)を撃破するための設計図」になってこそ、顧客に分かりやすく伝わる。
つまり・・「仮説の検証・アクションの特定」 ▶お客さまに向けての観点
顧客の言葉からだけではイシューは作れないと思う。
何がわからないか?わからないからマッキンゼーに来るのが顧客だ。
でも、そのコンサルタントが、イシューを持っていないとイシューツリーは絶対に作れない。
問いの構造化をするために、イシューと理解を更新していかないと、顧客が納得して成果をてにするまで到達しない。
成果を出すために行動するは、顧客しかいない。ふわーんとして提案なんてク○くらえだろう。
こうした門外不出のマッキンゼーの秘伝は、
1985年のバーバラ・ミントが、退社後に出した一冊本で、世界中に広まった。
これと同じようなことが日本でもあったなぁと私は思い出した。
世阿弥の『風姿花伝』と、マッキンゼーの「イシューツリー(メンタルモデルの可視化)」の共通性を私は感じた。
3章:マッキンゼーの「イシュー・ツリー」と世阿弥の「芸のイシュー・ツリー」の類似性

世阿弥

三代将軍 足利義満の世
世阿弥が室町時代(三代将軍-足利義満の頃)にやったことは、まさに「それまで個人の勘やセンス(暗黙知)に頼っていた『能』という芸術を、徹底的に構造化し、誰もが再現できる『型(形式知)』へと昇華させたことだ。
マッキンゼーが1960年代に「問題解決のツール」として開発したイシューツリーの思想を、
世阿弥は1400年代の初頭に「芸術と組織の生き残り」のために完璧に完成させていた。
マッキンゼーが、複雑なビジネス社会を生き抜くための「イシューツリー」を作ったように
世阿弥は,戦乱の世で一座が生き残るための「芸のイシューツリー」を作った。
目的は違えど、「混沌とした現実から、本質的な問い(イシュー)を抽出し、型(ツリー)にして、自分の認知(メンタルモデル)をアップデートし続ける」という人間の知性の極みは、全く同じだったと思うんだ。
私は、患者さんの相談が確かきっかけではあったけど
また再び X-mindを使おうと思った理由は、
私なりの「世阿弥とマッキンゼーの融合」だった。大げさかも知れないが。
4章:日本が「型」にこだわる歴史的背景
世阿弥の時代から現代の武道、茶道、そして日本のものづくり(トヨタの「カタ」など)に至るまで、型が重視される理由を4つ分類してみた。
- 凡人を非凡に変える「暗黙知のパッケージ化」
型を重視する最大の理由は、「天才のメンタルモデルや卓越した技術(暗黙知)を、誰もが再現できるシステム(形式知)に落とし込むため」だと思われる。
- 「守破離(しゅはり)」による、究極の自由へのショートカット
守破離とは・・修業やスキル習得の「成長プロセス」を表した3段階の型(教え)
ステップ1:【守(しゅ)】=「型」を徹底的に守る
↓
ステップ2:【破(は)】=「型」を破り、応用する
↓
ステップ3:【離(り)】=「型」から離れ、自分独自の新しい型(スタイル)を生み出す最終段階
よく「型に囚われると自由な発想(イノベーション)ができない」と誤解されるが、日本の思想はその真逆を行ってきた。
これはステレオ・タイプで疑問も持たずに・・日本人にはオリジナリティを生み出すことはできないと鵜呑みにしては絶対にしてはいけないと私は思う。
「徹底的に型を身につけた者だけが、本当の自由(オリジナリティ)を得られる」というメンタルモデルです。それが有名な「守・破・離」のプロセスだ。
- 動乱の世を生き抜く「組織(家元や流派)の永続性」
「型」という共有資産にして組織(家元や流派)に残せば、リーダーが変わっても組織のクオリティは維持され、
何百年も永続できる。型は、組織が生き残るための「最強のリスクマネジメント・ツール」だった
- 体を動かすことで「心(脳)」を変える
西洋の思想は「まず頭で理解し(精神)、それから体を動かす(肉体)」という二元論が主流だが。しかし、日本の型文化は「体を特定の型に嵌めることで、後から心がついてくる(身心一如)」というアプローチをとる。
この4つの中で、私が一番これがいい!それでいい!と思ったのは
「4」の手足を動かし五感で感じるー5感に翻訳しないと相手に伝わらないということだった。
まず 芸を見せるこちらサイドはどうでもいい。
芸をみてくれる観客・ファンへの型は、一般化できないと世阿弥は考えていたのではないだろうか? 即興のアレンジは舞台に立つものでしか感じられないのじゃないのか?客は毎回違う・・当然 空気も違うから前に受けた芸を見せても再現性は難しいからこそ、そこを世阿弥は詰めていった。
芸をする者が「形(外側)を整えることで、心(内側)をコントロールする」というアプローチは、認知科学的にも非常に理にかなっていると思う。
これが日本の「〜道(武道、茶道、華道)」という精神修行へと昇華したのだとう思う。芸をしているうちに、舞台をみている観客の心が読めなくなっていくのを世阿弥は知っていたのだろう。
これって、まったくもってマッキンゼーが大事にしていたメンタルモデルと
同じだ。「型の思想」を顧客視点で捉えている。
こうしてみてくると・・
日本の伝統的な「型」の重要性は、マッキンゼーのような現代のグローバル企業が「標準化」や「ナレッジマネジメント」と呼んでいるものと、本質的に全く同じであることが分かった。
1 )西洋(マッキンゼーなど):
思考を「ロジック(言葉・図表)」という型に嵌めて、再現性を高める。
2)日本(世阿弥など):
思考を「身体の動き・様式」という型に嵌めて、再現性を高める。
5章:カンファの裏舞台の作業:患者さんに届ける前に、私が一人で潰しておくべき事
ここから先は・・
一度挫折したMECE・ロジックツリーをもう一度アプリ「X-mind」でやろうと思った私の具体的な行動を書く。

私のカンファの舞台裏の作業の一部になると思う。
私が、クリティカル・シンキングがブレていると患者さんに迷惑がかかるから、慎重に考えてみた。
まず最初に・・マッキンゼーが「イシュー・ツリー」と命名した理由が肝だ。
イシューとは、自分の頭に浮かぶ最初の質問のこと。
最初が間違っていると、ドミノのように間違ったロジックで倒れてゆき、当然 わけのわからないモノができあがる。
だから重要なことは、最初に「イシュー」があるということ。スグに手を動かないこと。
「書きながら考えるんだぁ」とか根性論に走らず、カオスに留まるメンタルの強さを持つと
そのあとに目で見える「ロジック・ツリー」が現れる。つまり、「イシュー」が決まらない限り、「ロジック・ツリー」は絶対に書いてはいけないことと思った私。
1:患者さんのカンファの裏作業(軸作り)で、マインドマップのミスをしない為に私が自分に強いること。
いきなりPCに向かいアプリ「X-mind」でマインドマップを書いて・・
図だけが整っていくと、本人が最初にその粗さ(軸がブレていくこと)に気づけなくなる逆説があるのではないと私は思った。
だから絵コンテみたいに、アナログでラフでもいいからA4コピー用紙にKeywordと矢印だけでも書いてみることにした。
いきなりPCに向かいアプリ「X-mind」でマインドマップを書きはじめないと決めた。
パワポと同じだ。整っているから・・いきなり書き始めてしまい、作り直しとか良くあった。
自分が絶対にやるだろうという想定ミスを想定した。その理由と回避策を考えて文書でマニフェスト化する。
想定ミス①:断片を書く前に、言葉を磨いてしまうのを避けたい
回避法:フリートピックに置く一言を「もう少しいい表現がないか」と考え込み、書く手が止まる。
フリートピックは「下書き以下」の状態でよいと決めておく。後で消しても構わない、と自分にOKを出してから
書き始める。
磨くのは並べ替えの段階でやる仕事であり、出す段階の仕事ではない。
想定ミス②:最初にできたグルーピングに満足して、タイトルを固定してしまうのを避けたい
回避法:断片を並べてグループ分けし、いったんタイトルをつけると、そこで「軸が見つかった」と早合点してしまう。
本来のプロセスは「グルーピング→タイトル→また考える→リタイトル」という往復であり、
一度で終わるものではない。
最初のタイトルには必ず「仮」と付記する。最低二回はタイトルを見直すまで、確定させない。
一度で終わらせないことをルールとして先に決めておく。
想定ミス③:断片を出しながら、無意識に枝(親子関係)を作ってしまうのを避けたい
回避法:フリートピックのつもりで書き始めたのに、途中で「これは中心トピックの下に置いた方が早い」と判断し、
結局最初から枝構造で書き進めてしまう。今までのマインドマップの使い方の癖が出やすい。
断片を出す工程では、中心トピックにはまだ触れない、というルールを決めておく。
接続する作業は別の時間に分離する。
同じセッションの中で「出す」と「繋ぐ」を混在させない。
想定ミス④:フリートピックが増えすぎても、分類に入るタイミングを逃すのを避けたい
回避法:断片を出す作業自体は楽しく、際限なく続けてしまい、トピックBOXが増えすぎて挫折したのを思い出した。
だから数を数える。
「フリートピックが二十個を超えたら、その場で分類作業に入る」など、具体的な数字の閾値を先に決めておく。
感覚ではなく数字で区切る。
想定ミス⑤:一度の作業で完結させようとするのを避けたい
回避法:一つのテーマに対して、複数回のセッションを前提とすればいい。
マインドマップも、本来は何度も繰り返すことで軸が研がれていく道具である。
一回のセッションで完成させようとすると、焦って強引に軸を決めてしまうリスクがある。
今日出した断片は「今日の分」として一区切りとし、次回また新しい断片を追加したり、
並べ替えたりする前提で運用する。
焦らず、走る前に景色を見ようとしない。

軸がブレないように・・・
競走馬の如く
「遮眼革」をつけるを忘れないようにする。
私も馬主さま為に走る。
以上は、私個人のカイゼン点に過ぎないが、参考になる人は参考にして欲しいと思っている。
自分が陥りやすい罠と、その理由が必ずあるから・・そこから回避法をみつけるようにしている。
私がそうだが、人は楽な方に流れやすい。
私が、それをしてしまうと・・私が患者さんに出す最終印刷物(PDF含める)の論点がずれてしまうから
それだけは絶対に避けたい。
私のマインドマップを患者さんに見せることはないだろうけど・・この裏方作業を間違えるとゾッとする。
最終章: 患者たちとのカンファへの転用
上記の患者さんが、ロジックツリーをつくっても診察室で主治医に、自分の言葉でうまく伝えられないのは
患者さんの主治医のメンタルモデルが頭に入っていないからだ。
だからそれを補うために私が事前に伝えている。
主治医に対して相手が5秒で理解できる形になっていないからだと思った。
患者さんと主治医との診察時間は、短い。
その限られた時間の中で、
- 「(患者である自分は)ここまでは分かっている」
- 「(患者である自分は)ここが分からない、または軸が二つある気がする」
という自分の理解の輪郭を、相手が一目で把握できる形で提示できるかどうかに尽きる。
これができないと、相手(患者の主治医)は「全体を読み解いてから、どこが弱いか自分で探す」
という余計な作業を強いられ、結局フィードバックする気力を削がれます。
つまり、主治医がメンタルモデルに合わせて理解しやすい「型」で話すようにしなければいけない。
そして、この患者さんの場合は、あの患者の場合はと1ON1で、私はカンファをつくっていこうと思う。
追伸 P.S
患者さんの中には今回の方のように自分でマインドマップで整理してから・・診察に入る人もいる。
そして、別の患者さんはそこまで手をかけずに、私の裏方作業に任せる人も当然多い。
どちらとも、カンファで私と壁打ちをしながら、次の診察でどう動くかの戦略会議をする。
どちらのタイプでも・・私は、あなたの型に合わせて話し方を変えている。(終)

今回 読んで下さった公式blog記事と兄弟記事をnoteで公開しております。( ⬆️ ClickでURLへ)
世阿弥を深堀りしました。
Blog版は、世阿弥は「型」の説明で終えていますが、
患者さんの為のカンファ準備で、いかにその「型」をつくり壊すための「お稽古」を書いてあります。
カンファ/ヒアリング/プレゼンを自分の「芸」と捉え、その芸を崩さないために型を持つためのお稽古です。
note版の記事では、私の備忘録になっています。
blog版では「守破離」を軽く説明しましたが、note版では記事そのものが私の守破離の実演になっています。
ミネバが裏舞台の話です。

